霊峰と煙突に誘われて、岳南電車をスケッチする①

 私事ですが、大阪から千葉に移住して半年が経ちました。

 地元・関西と関東の違いとして、個人的に一番大きいと感じているのが、「山」の存在。大阪(北河内)の住民だった私にとって、東に生駒山地、北に北摂山系と山に囲まれている生活が当たり前でしたし、そうした山々が新緑に染まったり、紅く色づいたりといった景色に、季節を感じ取ったものでした。

 翻って、今。自宅のある下総台地から見えるその大部分が、建物の屋根。林立する電信柱に広がる空。視覚的に季節を感じにくく、四季の巡るスピードが加速したように感じられます。

 そんな起伏の少ない関東の遠景において、ひときわ存在感を放つ山があります。「富士山」です。

 澄んだ冬の朝、通勤中の車内から覗く富士山の凛とした姿に、私はいつも背中を押してもらっているかのような感覚を覚えるのですが、これは関西の山々から得られにくいものでしょう。逆に、空気が霞んでいる時など、その姿が全く見ない日もあるのですが、だからこそ山影を拝めた時の感動もひとしおというもの。

 半年間、日々の暮らしの中でずっと遠巻きに眺めてきた富士山。そんな富士山を近くで眺めてみたい、その過程で鉄道路線の開拓ができたら最高。そんな思いつきを練って、今回の旅になりました。岳南電車、どんな鉄道なんだろう…。


 2026.2.1

 始発列車に間に合わせるという気概はなく、7時に出発。まあ、いつものことです。東京駅でガラガラのこだま号に乗り換え、三島駅を目指します。

三島駅

 三島は日本の新幹線駅としては唯一、島式2線・外側通過線の設備を有する新幹線駅。上京の際はのぞみ号で颯爽と通過している区間ゆえ気付きませんでしたが、とても広々としたホームですね。

 のぞみ号に先を譲って発車。


 三島で在来線に乗り換え。岳南電車の始発駅・吉原を目指します。。9:01発の沼津行きは無視して、9:05発の浜松行きで直行する予定だったのですが…?

 あの特徴的な四灯のヘッドライト…373系じゃないですか。特急車の格下げ運用ですね。

 乗車券だけで特急車両に…もちろん乗るしかないでしょう。急いで二番ホームへと向かいます。

 373系は初乗車。乗ってみて驚いたのですが、この車両、特急車両なのにデッキが無いんですね。特急車両としての矜持よりも、ホームライナーや普通列車なども含めて汎用的に使用できるという実利を取る、割り切った設計思想が窺えます。

原駅

 木造のホーム上屋越しに、富士山がくっきりと。期待が高まります。

  吉原駅に到着しました。期待通り、富士山もくっきりはっきり見えております。

 JRのホームから少し離れた場所に佇む、岳南電車の吉原駅です。製紙業の企業城下町として知られる富士市において、紙製品の輸送で栄えた岳南電車。かつては本線よりも専用線や引込線の総延長の方が長い、なんて笑い話が生まれるほどの賑わいだったようですが、製糸業の停滞や貨物輸送の合理化といった時代の流れに抗えず、2012年、貨物列車の運行は終了してしまいました。

 吉原駅の広々とした構内は、そんな往時の賑わいを伝え続けています。

 井の頭線から駿河の地へと転身した8000形の、鮮やかなオレンジ色が目を引きます。パシャパシャ撮影していると、駅員氏がホームから降りてきて、ヘッドマークの装着を始めました。こういう作業は車庫でするものじゃ無いのか…?という脳内のツッコミは一旦脇に置いて、一連の業務を観察します。「2月23日は富士山の日」。なんとも律儀で長閑なヘッドマークです。

 跨線橋を使えば構内乗り換えも可能なのですが、初訪問ということで敢えて正面からの攻略を狙います。名目上は私鉄のターミナル駅となのですが、まるで民家の裏道のような雰囲気です。

 階段の先はJRのホーム、右側にはお土産コーナー。ベニヤの壁がなんとも味わい深いです。

 ホームから化学工場のタンク越しに富士山を望む。暮らしの傍らに寄り添う富士山に趣を見出すのが、富士の町における“ツウ”な鑑賞方法。

 フリーきっぷ(¥750)を購入したら、ホームへと向かいます。早速、岳南電車の象徴ともいえるキノコ型の屋根がお出迎え。支柱と梁を繋ぐアーチの曲線が優美ですね。

 吉原から僅か一駅、ジヤトコ前駅。ジヤトコは日産自動車グループの自動車部品メーカーで、自動車用の自動変速機(AT)や無段変速機(CVT)を製造しています。小書きの仮名を使わないスタイルで、キヤノンとか富士フイルムとかオンキヨー等々のお仲間と言えます。

吉原~ジヤトコ前

 駅から幹線道路に沿っててくてく歩くこと10分、緩やかなカーブ越しに名峰が鎮座する、岳鉄随一の名撮影地に到着。肝心の富士山ですが、山体の一部が薄雲がかかっているものの、しっかりと姿を現してくれています。

 しばらくして、8000形と同じ種車ながら、小回りの利く単行に改造された7000形が来てくれました。架線柱のスパンが短く、顔への影落ちをケアする必要があり意外と難儀しましたが、連続シャッターにモノを言わせてシュート。

吉原~ジヤトコ前

 少し移動し、折り返し列車を産業道路然とした雰囲気の場所で撮影。車列があれば、なお良かったのですが…。基本的には住宅や工場の裏手を縫うように走るので、この区間の情景は異色だったりします。

吉原~ジヤトコ前

 8000形が戻ってきました。富士山を取り囲む雲が増えてきましたかね。

 またてくてく歩き、ジヤトコ前の一つ隣、吉原本町駅へ。飾り気のない佇まいが、かえって魅力的。

 ちなみに岳南電車のHPには、以下のような記載が。

 あの、いかりや長介さんは、疎開で富士へ来て10年余を過ごしました。
この踏切前で、よく電車を眺めたそうです。商店街へは、ここから・・・。

 また、Wikipediaによると、いかりや青年は吉原の定時制高校を中退後、親に内緒で上京したものの、勤め先が火事に遭い、帰郷。地元では三島製紙に就職し、会社のハワイアンバンドに入ったのち、あるクラブの専属バンドマンとなり、やがてミュージシャンとして一旗揚げようと再度上京。これが巡り巡って、伝説の「ドリフ」誕生へと繋がっていくのでした。産業の集積と文化的豊かさが密接につながっていた時代を象徴するようなエピソードです。

  青地に白文字の看板以外何もない、シンプルイズベストなラッチ。

 “全駅から富士山が望める鉄道”を謳う岳南電車。各駅にはご丁寧に「富士山ビュースポット」を掲示する案内表示があります。吉原本町はこんな感じ。

 移動します。沿道には寒椿が咲き誇っていました。

 快晴なのに影を落とす街角。富士市においてそうなるのは、製紙工場の煙突から立ち上る煙が太陽を覆い隠している時。

本吉原駅。製紙工場の北側にあります。なので、日中はずっとこんな感じなのでしょう。

 わずかな余白も許さんとばかりに文字が詰められた駅名標。ううむ、良いな…。

岳南原田~比奈

  本吉原から再び乗車。終点・岳南江尾駅を目指します。(つづく)

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